「普通に呼吸できる」ことの幸せ

痰を出して息ができるようになって楽になれることに、ものすごく幸せを感じていました。

 

健康な人では、なんの意識もしないでできる普通の呼吸の状態が、喘息患者にとっては、ものすごく「いいな〜」って思えることなんですね。

 

もちろん息をするのが苦しいということから始まって、ぜんそく死なんていう最悪の結果につながるケースもあるわけですから、油断はできません。

 

■苦しいことを分かってくれとは考えないほうがいい
喘息で息が苦しい状態。この状態を普通に呼吸できる人にも理解を示してほしいなんていうのは無駄なことではないでしょうか。

 

「なってみないと分からない」
私は、そう思うようになっています。

 

普通に健康に呼吸できる人からすれば、苦しいそうに「ゼーゼー」としている人を見て、ちょっとはやさしい人なら「かわいそうだな…。」と思うこともあるでしょうけれど、「なんで、あんなに苦しそうにするのか?」と疑問に思われているでしょうね。

 

そうして、健康な人は喘息で息が苦しい人のことは「本当には」理解できませんから、やれ根性が足りないだとか、治す努力が足りないだとか言う人も一部にいるわけです。喘息患者は、その言葉を真に受けないで、叱咤激励されていると思い励みにして、さらに、なんとか治療への道を歩むのがよいでしょう。ツンデレってやつかな??

 

■束の間の楽になるときを味わうと、切実に治ったらな…と思う
私の場合、とにかく痰が出にくかったことと、喘鳴、呼吸困難、この3つがメインでした。

 

息が苦しくなくて、発作もないとき。

 

束の間ですが、そういうときがあります。

 

私が、5歳ぐらいでしょうか、一年間ほど喘息の症状がでなかった時期があったそうで、親も、喘息が治ったって思ったときがあったそうです。

 

学生になってからは、そうした喘息の症状がないときは束の間となったわけですが、そういうときは、「ああ喘息が治ったらな」って、本当に切実に感じます。息が楽だと、こんなにも違うものかと思うわけですね。

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